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”コロナ”なんかよりも”健康イデオロギー”の増殖のほうがよほど怖ろしいんです(第2回)

更新日:2023年7月3日

 今回は,コロナウイルスの話から始めていくことにしよう。


「コロナウイルスは数千種類に上り,豚,犬,猫などさまざまな動物に感染する。人に感染するのは7種類。四つは風邪を引き起こすウイルスで,残りが重症の肺炎を引き起こすSARS,中東呼吸器症候群(MERS)と今回の新型だ」(「The Asahi Shinbun GLOBE」 2020 September No.233 05面 瀬川茂子記者)

 遺伝子解析サービスを提供する㈱ジーンクエスト社長兼㈱ユーグレナ執行役員で,自身生命科学者でもある高橋祥子氏によれば,一般的にヒトと感染症との関係は,「ウイルスが増殖できずに消滅する」「人間が絶滅してしまう」「共存していく」「共存するけど隙あらば戦う」(帯状疱疹とかヘルペスの類)の4パターンあるhttps://www.euglena.jp/times/archives/14783

そうだが,コロナウイルスの場合は,「増殖できずに消滅する」というわけにはいかないようだ。


 新型コロナウイルスの一番の特徴は無症状率の高さだという。つまり,感染の自覚のない者が通常の社会生活を営むなかで,知らず知らずのうちに多くの人々に感染させている可能性が高く,その意味ではじつに厄介な相手ということになる。

  

 「新型コロナの根絶はまず無理だろう。コロナウイルスは人に限らずさまざまな宿主の間を行き来し,RNAウイルスの中で最も大きなゲノム情報,つまり生き残るための複雑な仕組みを持っているからだ。新型コロナの毒性が今後高くなるか低くなるかはわからない。今では風邪の原因ウイルスの一つになっている別のコロナウイルス,OCウイルスは,牛に肺炎を起こすウシコロナウイルスが人に入り,19世紀末に日本を含む世界で大流行を起こしたと考えられている。100年ぐらいかけて普通の風邪になったのかも知れない。豚では逆に毒性が急に高まって養豚業の脅威になったコロナウイルスもいる。」(東京大学名誉教授・山内一也氏「The Asahi Shinbun GLOBE」 2020 September No.233 03面)

 仮にコロナ禍がこの先下火になったとしても,いずれまた新しい感染症は出現するであろうし,新たに出現する感染症がたとえどのような形になるにせよ人間を脅かし続けるのだけは間違いない。


 ただ,そうであったとしても,人類は,誕生の時から「withウイルス」の時代を生き続けたわけで,とすれば,生命とウイルスの共進化はこれからもずっと続いていくのだから,「人間が絶滅してしまう」レベルのウイルスの出現は勘弁願うにしても,人間皆いつかは”お迎え”が来てしまうのだと鷹揚に構えつつ,必要以上にジタバタしないほうがよろしいのではないか,というのが筆者の言い分なのである。

 コロナも怖いだろうけれども,それ以上に”健康”(安全・安心)という謳い文句に踊らされて,「権力」に統治されている,管理されているという認識が抜け落ちてしまうことのほうが怖いのだ。


 山本七平氏が『「空気」の研究』で喝破したように,此の国の民は事あるごとに「空気」に汲々とし,忖度をし,なびき流されていくのが常であるが(此の国の特殊性云々については後の議論に譲るとして),コロナ禍に振り舞わされている間に,政府が進める公衆衛生対策をチェックすることもないままただ従順に受け容れ続けた結果,”健康”イデオロギーなるものがすっかり国民個々に浸潤してしまっている現実が,「コロナ」などよりもよほど怖ろしいということを強調したいのである。


 

 ”健康”ブームは今に始まったことではないが,近頃はあまりに異様な高揚ぶりである。

 テレビや雑誌,ネット上では,多種多様な健康グッズをはじめ,特定保健用食品(略称:トクホ,生理学的機能などに影響を与える成分を含む食品)や機能性表示食品(事業者が自らの責任で食品の安全性・機能性の科学的根拠を示した食品),睡眠改善薬等の宣伝広告が氾濫している。

 

 平均寿命の伸びが殊更話題化されるなかで,「とにかく長生きすること」だけを「生きる」最大の目的としながら,「生きるために生きるべく」ひたすら”健康”を追い求める人間たちは,そのようにして目前に提供される「資本」の”延命薬”に縋るばかりだ。


 寿命の話に関して言えば,『ナショナルジオグラフィック日本版 1月号』(特集:より長くより健康に生きる)(2022年12月30日発行)に,興味深い記事がいくつか掲載されていたので眺めておこう。



 1900年から2020年までに世界の人々の平均寿命は2倍以上延びて,73.4歳に達した。だが,この目覚ましい成果には代償が伴った。慢性疾患や進行性の疾患が劇的に増えたのだ。老化はがん,心臓病,アルツハイマー病,2型糖尿病,関節炎,肺疾患など,あらゆる主要な疾患の最大のリスク要因だ。(p.41) 
 老化に伴う多くの健康問題の根源には,老廃物の蓄積がある。~老廃物を除去する薬や,その蓄積を遅らせたり防いだりする治療法が開発されれば,痛みや不調なしに80代半ばや90代まで長生きできる人が今よりはるかに増えるだろう。人間の寿命は120歳から125歳と考えられているが,その限界まで長生きする人も増えるかもしれない。今のところ,先進国でも100歳まで生きる人はおよそ6000人に1人,110歳を超える人となると500万人に1人にすぎない。(同上)
 もっと長く生きられるよう人体の機能を最適化することは可能なようだ。その方法を解明した者は,莫大な富を手にするだろう。当然ながら,投資家は長寿研究に惜しみない資金をつぎ込む。グーグルはその先陣を切り,2013年に医療関連企業のカリコ・ライフサイエンシズを設立した。
(中略)
この分野の研究に威力を発揮するのは,人工知能(AI),ビックデータ,細胞の初期化,そして人体の機能を支える無数の分子についての知見だ。今や老化は「治癒」できると語る研究者までいる。(p.43)

 もう一つ,デジタル技術を使って病気の予防や治療をはかる「デジタルヘルス」なるものの市場が,欧米を中心に急成長しているという話が「朝日新聞」(2023年2月5日4面 Sunday World Economy)で特集されていたので,それも取り上げておきたい。

 

 2023年1月上旬にラスベガスで開催された世界最大級の技術見本市「CES」会場の注目をさらったのが,デジタルヘルスだったそうだ。関連の出展企業・団体は467にのぼり,ウェアラブル端末だけでなく,手軽に健康状態を検査できるような機器やサービスが登場したということである。

 この分野の世界市場は,2016年には約733億ドル(約9兆円)だったものが,2021年には約1650億ドル(約21兆円)と倍増,2031年には何と約8261億ドル(約106兆円)まで膨らむ予測というから驚くばかりだ。

 もっとも,わが国は例によって,データの安全性やプライバシーの信頼性の低さがネックとなって大きく出遅れているようではあるが…。

 

 ことほどさように,人間の”健康”は今や「資本」の恰好の標的となってしまっているのだが,”健康”保全に対する過剰な執着がいつの間にやら”健康”管理の強化を助長し,「権力」にとって甚だ都合の良い情況を生み出してしまう危険性をも内包するという事実に思いを馳せる人は少ない。 

 

 今般のコロナ騒動に引きつけて言うならば,コロナ禍に対応した一連の統治諸策に安易に与することは,同時に,ひたすら”健康”であることを志向する不安心理にうまく付け入り”健康”管理体制の強化を正当化せんとする言説にも巧妙に搦め捕られてしまうということでもあるのだ。


 ひとまず今回は,『対論 1968』(集英社新書,2022)の中での笠井潔氏の発言をもってまとめとしよう。


 ~パンデミックがいったん終息しても,強化された生権力のイデオロギーと統治システムは,何かあればすぐに例外状態,戒厳令的な治安秩序を全面化してくるに違いない。
 人間いつかみんな死ぬんだ,人口半減でもない限り気に病むほどのことではない(笑),そういう気楽さ,いい加減さが社会的に共有されていればコロナぐらいで動揺はしないはずだよ。しかし健康管理の徹底化に,ここまで国民の大多数が合意するとはね。例外化した主権権力は,そのほうが秩序維持には効率的だから,健康イデオロギーの浸透を誘導してきた。」(pp.232~233)

 

 ちなみに笠井氏は,推理作家,SF作家としても著名であるが,現代では本当に数少なくなったきわめて真っ当な批評家であり,その著作からは学ぶべき点が多い。



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